開館45周年記念理事長インタビュー(第9回)

開館45周年記念理事長インタビュー(第9回)

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 開館45周年記念理事長インタビューの第9回は、京都産業大学客員教授、京都大学名誉教授・大阪大学名誉教授の伊藤公雄さんです。
 伊藤さんは、男性学研究の第一人者であり、長年、大学で研究・教育に携わられたほか、内閣府男女共同参画会議専門調査会委員、同男女共同参画の将来像検討会座長代理などを歴任されました。現在、京都府男女共同参画審議会会長やホワイトリボンキャンペーン・ジャパン共同代表、当会館監事などを務められています。
11月19日の国際男性デーにちなんだテーマについてお話いただき、ホームページのNWEC Channelに動画を公開しました。
 今回のインタビューでは、改めて伊藤さんがジェンダー論、男性学・男性性研究に進まれた背景や、これまでの研究を通して明らかになった日本の男性の変化、そして新たに見えてきた課題について伺いました。

— ご専門がジェンダー論、男性学・男性性研究ということですが、それを選ばれたきっかけは何ですか?

伊藤:もともとの僕の専門は、政治現象を文化の視点で読み解く文化社会学、政治社会学です。イタリアに留学したときは、ファシズムという政治現象を、文化やメディアの視点から考えることをテーマにしていました。ジェンダー研究を始めたのは1970年代からです。京都でウーマンリブ活動を行っていた人たちと一緒に、性差別問題を問いかける活動や優生保護法改正反対運動に関わっていたのがきっかけです。
 1970年代後半に、作田啓一先生が小説を社会学から読み解く研究をされていて、この研究会に参加しました。イタリアのファシズム体制下における男性同性愛者を扱った小説や、その社会背景について調べていたのですが、研究しているうちにファシズム体制というのが、ものすごくマッチョな体制、つまり男性性を強調する体制だということが見えてきました。一方、女性差別に反対する運動を行う中で、ジェンダーの問題は女性だけでなく、男性にも深く関わるのではないかと考え始めていました。そこから、男性性研究という視点でファシズムの分析ができないかと思い、1984年に男性性を主に扱った論文を初めて執筆しました。
 1980年代後半からは日本でもいわゆる”女性政策”が自治体中心に進められました。自治体から講演や審議会の委員などのお声がかかるようになり、国の男女共同参画施策にも委員として関わってきました。

伊藤公雄さん

 そのうち僕は日本の社会の様々な問題を解決するためには、ジェンダーの切り口から迫るのが一番よいと思い、ジェンダー政策そのものに目を向けるようになりました。ジェンダー政策の中には男性の視点を入れることも重要なので、最近はそこに重点を置いています。

— これまで研究をされる中で、日本の男性が変わったこと、新しく見えてきた課題があれば教えてください。

伊藤:変わったと思うこと、ありますよ。僕は子どもが二人いますが、子育てをしていた1980年代末後半は、抱っこベルトやベビーカーを使っている男性はほとんどいませんでした。抱っこベルトにミルクを背負って子どもとタクシーに乗ると、「奥様はご病気ですか、大変ですね…… 」などと言われてしまって。1990年代後半ぐらいから、抱っこベルトで赤ちゃんを連れた男性が少しずつ増え始めて、今では赤ちゃんを連れた男性は普通の風景になっていますよね。
 男性たちも変わってきた一方で、世代間のずれが課題になっています。1980年代以降に生まれた男性たち(ミレニアル世代)は明らかにジェンダー平等の意識は強いし、仕事よりも家庭を重視する傾向が強くなっています。問題なのは、上の世代の男性とミレニアル世代以降の男性との間で、世代間ギャップがものすごく大きいことです。1970年代にフェミニズムや女性の視点といったものが社会に共有されました。その中で育った世代は、空気感も含めてジェンダー平等の意識を身に付けています。しかし、それ以前に物心ついた世代は、ジェンダーの問題に関して少し鈍いところがある。これからの男性を対象にしたジェンダー政策を進める際には、その世代間ギャップを埋めることも重要になるかと思います。
 ジェンダーだけでなく、暴力の問題にも世代間ギャップがあります。暴力経験に関する調査(※1)を行ったのですが、男性は若い世代の方が暴力を経験したと回答する割合が高いのです。理由を考えてみると、若い世代の方が暴力に対する感受性が高く、小さな暴力も暴力であり、身体的な暴力だけでなく言葉の暴力も暴力と捉えるのではと考えました。一方、上の世代は小さな暴力は暴力だとは思わない。また、実体験だけでなく、国際情勢における武力による他国への侵攻に対しても若い世代の方が敏感です。
 そのような世代間ギャップを解消するために、上の世代が下の世代の思いに耳を傾ける必要があります。ただし、これまで話したように若い世代は暴力に感受性が高く優しい世代なので、自分の主張を強く言わない傾向があります。だから、職場などでも、管理職の人たちは意識して、若い人の心理的な安全性を確保した上で、積極的に意見を聞かないといけないと思います。
 職場と言えば、日本は職場へのエンゲージメント(※2)が低いことが気になっています。組織のために頑張るのではなく、上位の人にとりいろうと “ヒラメ(※3)”型の行動が軸になってしまい、仕事自体へのやる気はあまり高くない人も多い。互いをモニタリングし合って、自分が損をしないように忖度し組織に同調する同調型集団主義になっています。結果的に自分のことばかりを考えて、企業へのエンゲージメントは高くならない。最近、WBCで日本の野球チームが優勝しましたが、栗山監督は選手それぞれの長所を活かしていましたよね。これからは、企業も一人ひとりの個性を活かしてパフォーマンスを上げる協調型集団主義に移行していく必要があると思います。そのためにも、若い世代や女性の積極的な参加が必要だと思います。

— 今後、NWECに期待することはどのようなことですか。

 女性のエンパワーメントの中央機関として日本全国の女性会館・男女共同参画センターをうまく調整していくこともとても大切になりますし、今までNWECが取り組んできたジェンダー統計を、徹底して担っていくことも必要になってくると思います。国際的に見て、日本はジェンダー視点できちんと整備された統計がまだまだ不十分だと思う。とにかく、日本のジェンダー政策の下支えとして取り組む必要があると思います。
 男性性研究の立場から言えば、やはり男性を巻き込むことが必要だと思います。まだ男性主導の面が大きい日本社会のジェンダー平等を進めるために、男性が変わるきっかけ作りと、男性が男性を変えていく仕組みが必要です。
 また、経済界の巻き込みも必要です。経済界がやっとジェンダー平等と生産性が実は深く関わっていることに気づき動き始めている。経済界、政治の世界にもジェンダー視点の重要性が届くようなメッセージを出してほしいです。

伊藤公雄氏と萩原なつ子の写真

伊藤 公雄(いとう きみお)

1951年生まれ。京都大学文学部・同大学院博士課程で社会学専攻。その後、イタリア政府給費留学生としてミラノ大学政治学部留学。大阪大学人間科学部助教授・教授を経て、京都大学文学研究科・文学部教授。現在、京都産業大学現代社会学部客員教授、京都大学・大阪大学名誉教授。内閣府男女共同参画会議専門調査会委員(2001~11)、関西社会学会会長、日本スポーツ社会学会会長、日本ジェンダー学会会長、大阪府・滋賀県の男女共同参画審議会会長、第23-4期(2014~20)日本学術会議会員などを歴任。現在、京都府男女共同参画審議会会長、姫路市男女共同参画審議会会長、日本社会学会会長、ホワイトリボンキャンペーン・ジャパン共同代表など。著書に『<男らしさ>のゆくえ』『男性学入門』『女性学・男性学』(第3版)など。

(※1)内閣府『平成29年度 男女間における暴力に関する調査報告書』

(※2)組織に自ら貢献しようとする努力や、企業で働き続けようとする意思を指す。
(※3)ヒラメは上に目がついていることから、上司の指示のみ聞き、部下への対応が不十分な人を指す。